卑弥呼とは?
卑弥呼(ひみこ)は、2世紀末から3世紀前半にかけて、邪馬台国(やまたいこく)を統治した女王です。
卑弥呼は、鬼道(きどう)と呼ばれる呪術を使い、人々を支配したと言われています。卑弥呼の死後、邪馬台国は衰退し、消滅しました。
卑弥呼に関する記述は、中国の魏の史書『魏志倭人伝』にのみ残されています。そのため、卑弥呼の真相は謎に包まれています。しかし、卑弥呼は、日本史上、最も有名な女性の一人であり、その伝説は、今もなお語り継がれています。
卑弥呼とは?
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話に登場する太陽神です。高天原(たかまがはら)に住む最高神であり、皇祖神(こうそじん)とされています。
天照大御神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の第一子として生まれました。弟の須佐之男命(すさのおのみこと)とは仲が悪く、天岩戸(あまのいわと)に閉じこもってしまったことがあります。
天照大御神は、日本神話の中で最も重要な神であり、皇室の祖神として崇められています。伊勢神宮(いせじんぐう)の内宮(ないくう)に祀られています。
こんにちは、素人歴史研究家ルファです。
助手のエヌです。
ね〜ぼです。
今回の記事は、邪馬台国の女王・卑弥呼の正体についてです。
彼女は日本史の教科書でも頻繁に取り上げられる人物ですので、日本人であれば、名前くらいは聞いたことがあるでしょう
しかし、彼女が一体何を成し遂げたのか、どのような人物だったのか、その詳細を知る人はほとんどいないんです。
ちょっと前の記事で、邪馬台国がどこにあったのかというお話をしましたよね
そうそう、邪馬台国が近畿地方にあるとか九州にあるとか、そういう話をしましたよね。
最近は九州説が有力か?って話でしたよね
そうそう、吉野ヶ里遺跡で進展があったんですよね
結局卑弥呼の墓ではなかったのですが、一歩進展したという話でした
だけど今回はその邪馬台国の女王卑弥呼の謎についての話をしたいんです
卑弥呼は中国の史書『魏志倭人伝』という書物に出てくる日本を治めていた女王の名前です。
この書物は、日本で言うところの『三国志』の一部分で、「魏」と「倭国」つまり日本の交流を描いています。
そこには弥生時代後期の日本について書かれており、邪馬台国の女王・卑弥呼が、小国を統一し、国内に平和をもたらしたと記されています。
しかし、そんな彼女がどこから現れ、どのようにして女王となったのか、その経緯は全く記されていません。
『魏志倭人伝』によれば、卑弥呼は「鬼道」と呼ばれる占いのようなものを駆使し、民衆の心をつかんだとされています。
また、女王となった彼女は人前に出ることは少なく、千人もの従者が仕えながら、日常の世話は一人の男性が行い、生涯独身で、占いに耽りつつ国政は弟に任せていたとされています。
だからこそ、卑弥呼については神秘的なイメージが強いのですが、魏に使者を送った記録が残っているため、彼女の実在は間違いないと考えられているんですよ。
へ〜なんだかミステリアスな女性だったんですね〜
情報が少ないだけに、卑弥呼には色んな説があって
日本古代史の最大の謎ともされているんですよね。
そ〜なんです。
そんな多くの謎を抱える卑弥呼なのですが、なぜか彼女は日本の歴史書に登場しないんです。
ええ?卑弥呼は日本の歴史書には出てこないんですか?
そうですよ。
先ほどの魏志倭人伝は中国の書物ですし、日本の史書には、女王・卑弥呼や邪馬台国に関する記述が一切ないんですよ。
そう、
・日本の史書には、女王・卑弥呼や邪馬台国に関する記述が一切ない
・それでも邪馬台国は中国大陸に使者を送るほどの存在だった
・それなのになぜ卑弥呼や邪馬台国が日本の歴史書と言われる記紀には出てこないのか?
・もし記紀に出てくる登場人物が卑弥呼だとするなら誰なのか?
今回の記事では、それは日本神話のアマテラスではないかという説について探っていきましょう
天皇家と神話の結びつき – 卑弥呼とアマテラスの謎を解く
『古事記』や『日本書紀』は、我が国の歴史書とされていますが、実はその前半部は神々の神話が大部分を占めています。
天地開闢から始まり、数々の神々の活躍を描いているこの部分は、事実を元にした作り話とも言えます。
8世紀、『古事記』と『日本書紀』が編纂された時代には、天皇を中心とした政治体制がすでに確立していました。
この歴史書も、その体制を強調し、天皇家を神格化する目的で作られたと考えられています。
例えば、「記紀」には、初代・神武天皇は神々の血を引いている、だからその子孫の天皇家も先祖は神様となり、権威を誇示できるのです。
しかし、全ての神話が作り話ではなく、過去の事件を英雄的に書かれているとすると、卑弥呼や邪馬台国も、名前を変え、物語として描かれている可能性が高まります。
特に注目すべきは、『魏志倭人伝』に書かれた卑弥呼の特徴と似ている女神が「記紀」に登場するという点です。
それが、日本神話における最高神・アマテラスなのです。
これは卑弥呼とアマテラスの間に何か関係があるのかもしれない、と考えることもできるのです。
へ〜、卑弥呼さんと天照大御神さんが同一人物だという説があるんですね〜
もちろん、これはあくまで事実ではなく憶測ですけどね。
記紀に書かれてる事柄にそって年表を作ると、卑弥呼とアマテラスのいた年代は全然合いませんしね。
でも、共通点も結構あるのも事実なので、古代史の考察は面白いですよね。
へ〜
その共通点ってなんですか?
アマテラスは太陽神であり、高天原を治めて平和をもたらす存在とされています。
同じく、卑弥呼も巫女であり、内乱に悩む小国を統一し、平和を築いた女性です。
どちらも、乱れた世に終止符を打つ救世主の役割を果たしていました。
どちらも女性で平和を築いたんですね。
でもそれだけで同一人物と考えるのは、まだ弱い感じがしますよね。
もっと何か具体的なものって無いんですかね?
そうですね。
例えば、皆既日食と天岩戸伝説には興味深い関係があるって言われてるんです
天岩戸伝説では、アマテラスの弟・スサノオノミコトの乱行によってアマテラスが洞窟に引きこもり、世界は暗闇に包まれました。
同様に、卑弥呼の時代にも日本は内乱や戦乱が続き、彼女の死後に再び戦乱の世が訪れました。
これらは「さまざまな災い」を象徴していると考えられます。
さらに、当時の中国の史書によれば、247年や248年に皆既日食が発生した可能性があり、それらの日食が卑弥呼の死んだとされる時期と重なるんですって!
なるほど、日食と災いの象徴的な関係があるんですね。
そうすると、卑弥呼は太陽そのものや女神とも結びつけられる存在だったのですね。
その通りです。
当時の人々にとって、日食は非常に恐ろしい現象でした。
昼間が闇に変わり、人々は絶望を感じたことでしょう。
その絶望は卑弥呼の死によって引き起こされたとされ、卑弥呼は太陽そのものや女神と結びつけられた存在と考えられています。
なるほど、卑弥呼とアマテラスには共通点があって、日食と災いの象徴的な関係もあるんですね!
これだと神話が単なる作り話ではなく、歴史的な事実を表現するための象徴的な話だった可能性が高まりますね!
実はそれだけではないんです。
卑弥呼と現在の天皇家との繋がりは他にもあるんです。
次はそちらも解説していきましょう。
卑弥呼とトヨの血脈が繋げる神話と歴史
邪馬台国の女王であった卑弥呼の死後、男性の王が治めるものの国内は混乱し続けました。
やがて、15歳の少女・トヨが新たな女王となり、再び国内は平和を取り戻します。
トヨは卑弥呼の娘、あるいは一族とも言われています。
卑弥呼は生涯独身だったとされるので、娘というのはおかしな話ですが、神話に登場する太陽神・アマテラスも夫を持たなかったとされています。
しかし、アマテラスにも子供がいて、その名前はアメノホシオミミ。
彼の妻の名前には「豊(トヨ)」の字が入っています。
これを基に推測すると、トヨは卑弥呼の息子の妻であった可能性が強まります。
なぜなら、当時は現代のような結婚制度が確立していなかったため、夫がいなくても子供がいることは十分に考えられるからです。
また、卑弥呼の跡を継いだ男性の王を息子と仮定すれば、国内の混乱が収まらなかった結果として、別の王を擁立するためにトヨが女王になったということも考えられます。
持統天皇や元明天皇などの過去の女性天皇は、まさにそのような状況に対応するために立てられたのです。
トヨが女王に就いた後の邪馬台国は、『魏志倭人伝』から姿を消しますが、日本神話から邪馬台国のその後を推察することが可能です。
神話によれば、初代神武天皇はアマテラスから数えて5代後、もしくは6代後の子孫とされており、これを邪馬台国の歴史に照らし合わせれば、卑弥呼やトヨの子孫が九州から奈良へ移住し、大和朝廷を開いたことを示唆しているかもしれません。
初代から9代目の天皇は架空の人物であるとされていますが、神話が事実をもとに作られているとされると、大和朝廷から脈々と続く天皇家が、卑弥呼の子孫である可能性も十分にあります。
つまり、邪馬台国は日本の歴史書から抹消されたのではなく、記紀に描かれている神話の中に邪馬台国の物語が刻まれているのです。
なるほど、名前は違うものの系譜は似ているんですね。
確か神話だと、子供の生まれ方が独特で、儀式で刀を噛み砕いたら神様が生まれるとか、禊の際に身体の一部を擦ったら、神様が生まれた・・
なんて記述があることからも、
子供というものが決して血族を指すものではないのかもしれませんよね。
はい、都合のいいように読み取っているのかもしれませんが、そういった可能性は否定できないんですよね。
あとは、邪馬台国の所在地と神話の所在地も関連があるかもしれないんです。
邪馬台国の所在地に関しては、「畿内説」「九州説」「四国説」といくつかの説があります。
しかし、卑弥呼とアマテラスが同一人物であると仮定すると、九州に邪馬台国が存在した可能性が高いと言われてるんです。
それは九州の遺跡が邪馬台国である可能性が高いからですか?。
もちろんそれもありますが、遺跡からでは決定的な証拠はまだ出てないんです。
遺跡意外でも、九州で皆既日食を描いた「天岩戸伝説」が観測可能であり、また神武天皇が日向から東へ進んだという事実があります。
確か、「天岩戸伝説」はこのチャンネルでも過去に紹介したことがありますが
太陽神のアマテラスが岩戸にこもって世界が闇に包まれた・・という話でしたよね。
その岩戸の伝承が残る場所は宮崎県高千穂町にある天岩戸神社だと考えると、
やはり神話の舞台は九州である可能性も高いですもんね。
そうなんです。
さらにアマテラスの孫のニニギが天から降臨する神話も九州だったと言われてますし、その後、神武天皇が、九州から近畿地方に攻め込んだ事を考えると、話はつながるんです。
へ〜なんとなくそんな気がしてきました〜!。
もちろん、この解釈にも色んな矛盾点はありますが、可能性の一つとして考えると面白いですよね。
エンディング
いかがでしたでしょうか。
九州が邪馬台国の所在地であり、卑弥呼がアマテラスである可能性が高まれば、これまでの日本史の解釈が大きく変わる可能性があります。
皇族や日本の古代史に関わる重要な事実が明らかになることでしょう。
そうなれば、まさに、日本史の最大のミステリーが解明される瞬間です。
神秘的な歴史の謎解きが進展しているということですね。
卑弥呼、アマテラス、皇族の関連性が明らかになることで、
新たな歴史の一端が明らかになる・・
すごく楽しみですね♫
ですね。
最後までご視聴いただきありがとうございました。
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