それは大きなイベントを盛り上げるためのものだった・・・
それは職人がプライドをかけた戦いだった・・・
それは亡くなった人をあの世に届けるための送り火だった・・
それは無慈悲にの命を奪う疫病から人々を守るためのものだった・・
日本人があまり知らない花火の歴史とは・・
皆さんこんにちは、歴史素人研究科ルファです。
夏といったらこれ!と言われるイベントで必ず上位にランクインするのが花火です。
花火と言ったら、夏の夜空を色鮮やかに彩る大イベントで、見るもの全ての心を、高揚させてくれるものです。
そんな花火っていつの時代から、何のために打ち上げられていたか、ご存じでしょうか?
現代のイメージでは、ただただ綺麗といった意味合いで、花火を楽しむ方が多いと思いますが、その成り立ち、その意味、そして花火を上げる事に命をかけた一族がいて、今日の花火があるを知っておくと、今後、花火を見る際、もっと楽しめると思います。
花火の歴史
そもそも何を持って花火とするかは、色々と見解も違うようなのですが、花火の原型といわれる『のろし』の歴史を辿ると、古代インドやギリシア、ローマといった紀元前にまで遡るといわれています。
しかし、それはまだ花火とはいえませんよね。
その後、中国の薬を作る錬丹術師によって火薬は偶然発明されました。
その後、火薬は軍事技術者への手に渡り、武器に使用されるようになります。
つまり花火のルーツは古来より戦争に使うための道具だったんです。
奇しくも人類は軍事のための研究から、日常に便利な道具へ変わっていく製品は数多くあります。
電子レンジやデジカメなどがその代表例になりますが、もっと身近なものだとトイレットペーパーも実は軍事用品からきているみたいです。
脱脂綿の代わりに開発されたもので、その吸収力の高さからガスマスクのフィルターとして使用していたのが起源だそうです。
誰もが望まない戦争からこういった現代では誰もが使う日用品が生まれるというのは皮肉なものですね。
十三世紀には商人を通じて火薬は中国からイスラム諸国に伝わります。
当然、武器としても使用されますが、ここから花火としても使われるようになります。
現在のような色鮮やかとは言わないまでも、鑑賞用の花火は十四世紀後半にイタリアのフィレンツェで始まりました。
世界初の花火は、キリスト教の祝祭で火を吐く人形のようなものだったそうです。
そして貴族の間で花火は広がり、結婚式などで打ち上げられるようになりました。
そして我が国、日本に鑑賞用の花火がやってきたのは戦国時代のことでした。
厳密には、元寇の時代に火薬は入ってきたそうですが、本格的にはこの時代だそうです。
鉄砲とともに入ってきたそうです。
戦国武将の伊達政宗が観たという記録があったり、イギリス国王ジェームス一世が徳川家康に花火を観せたという記録も残っています。
当時の花火は筒から火の粉が吹き出す、いたってシンプルなものだったようで、世の中が安定した江戸時代に本格的に花火文化が盛んになっていくのです。
日本の花火の隆盛と人々の思い
江戸時代の中期、全国的な飢饉とコレラなどの疫病により、多数の死者が出ました。
そこで、8代目将軍・徳川吉宗は慰霊と悪疫退散を願い、川開きの日に水神祭を行ったのが、今の花火大会の原型です。
花火が疫病退散につながると思われた理由としては、中国の爆竹の起源が関係していると言われています。
中国の伝承にこんな話があります。
西方の山に人間の姿をした化け物が住んでいて、その化け物に出会った人間は高熱を出し、苦しみながら死んで行くとされていました。
伝承では春節の際にその化物は山から人里に下りてくるため、人々は春節を非常に恐れていたそうです。
ある日に村人が寒いの竹を燃やして暖を取っていた時に1本足の化け物に遭遇しそうなのですが、竹は燃やすとパチパチとなるので、それにびっくりして化け物は山に逃げたそうなんです。
それで中国では春節に爆竹を鳴らし、魔を追い払い病気から人を守るようになったそうなんです。
どうやら日本の花火も、疫病や魔を花火のドーンという音で追い払おうとしたのではないでしょうか?
初の花火大会の翌年には前年の行事にちなんで川開きの日に6代目鍵屋弥兵衛により、20発前後の花火が打ち上げられたそうです。これを「両国川開き花火」と呼び、後の「隅田川花火大会」のルーツとなるのです。
隅田川の花火大会は現代でも日本有数の花火大会として有名ですよね。
また、当時、大名たちの間では隅田川に舟を出す遊びが流行っていました。
夏になると、その遊びの一環として花火舟が出るようになったのです。
花火ブームは庶民にまで浸透し、花火職人や花火売りが町に出るようになりました。しかし、そのせいで町では火災が多発。これを重くみた幕府は「花火禁止令」を出したほどでした。
当時の江戸では火災は非常に危険でした。
今と違って平家が多く、すぐ広まってしまうからです。
江戸時代の職業に「火消し」というものがあり、現代の消防官みたいなものなのですが、命をかけて市民を火から守るという当時の憧れの職業だったんですね。
花火を行う理由に日本では鎮魂の意味もあると言われています。
8代目将軍・徳川吉宗の時代の疫病で多くの人が亡くなりその魂を浄化させる意味合いもあったんですね。
花火には死者の魂を導くお盆の「迎え火」や「送り火」の一種とも言われています。実は日本全国の花火大会は鎮魂の祈りや供養の気持ちを込めたものも多く、有名な「長岡まつり」は戦没者の慰霊、「熊野大花火大会」は先祖の霊を導く送り火・迎え火として花火大会が開催されているんですって。
そう考えると花火の見方も変わってきますよね。
日本の花火と世界の花火
花火というと、何となく日本の風物詩のイメージが強いですが、こうしてみると歴史的にも起源は海外ですし、日本の文化とは言いづらいですよね。
だとするとなぜ花火は日本というイメージがあるのでしょうか。
まさか、花火は日本と思っているのは日本人だけなのかというとそういうわけではないのです。
世界的に見ても日本の花火は有名で人気があります。
それはなぜなのでしょうか。
それは、もともとは同じ花火でも、日本は独自の進化を遂げてきたという経緯があるからです。
日本と世界での最も大きな違いは花火の構造です。
日本は打ち上げた花火は丸く開きますがで、海外では八方に広がります。
日本が打ち上げられた際の形状の美しさを重視するのに対し、海外では迫力や音などのエンターテイメント性を重視する傾向があります。
そういった背景もあり、日本の花火は色や形状において独自の進化を遂げてきたのです。
海外の花火というと、大きな主軸となるイベントがあり、そのイベントを盛り上げるために行うものですが、日本では「花火大会」自体がイベントでそれを目的に人が集まるのです。
なので一発一発にこだわりより綺麗に見せようという事で、日本の花火は世界的にも人気が高いんですね。
玉屋と鍵屋
花火大会の際、『玉屋〜」という掛け声をかける風習があります。
実際、花火大会ではあまり聞いたことがないのですが、それは僕だけでしょうか?
花火大会で「玉屋〜」の掛け声をよく聞く人はコメント欄で教えてください!
でも、玉屋と言ったら花火ですよね。
この玉屋というのは一体何なんでしょうか?
そこには江戸時代の花火大会が催された時代にちょっとしたドラマがあったんです。
8代目将軍・徳川吉宗時代の初の隅田川花火大会の原型になった花火大会に使用する花火を任されたのが日本橋横山町の花火師、鍵屋六代目弥兵衛(やへえ)でした。
まさに江戸時代にいそうな名前ナンバーワンの名前ですね。
もともと「鍵屋(かぎや)」は、葦(アシ)の管に火薬を詰めて星が飛び出す花火を開発し、花火市場をほぼ独占していました。
しかし、火事の原因になる花火は幕府から花火禁止令が出され、隅田川の花火だけが許されていました。当時は小船を出して「鍵屋」に花火をあげさせるのが、豪商たちの贅沢の象徴だったのです。
そんな鍵屋から暖簾分けしたのが玉屋だったんです。
そしていつしか、花火大会はどちらが綺麗花火を上げられるか競うようになりました。
現代ではあまり違和感なく「大会」と言っていますが、この大会というのは競技的な意味合いからくるものだったんですね。
そして判定方法は、その花火を作った家の名前を叫ぶと言ったもので、「玉屋〜」や「鍵屋〜」の声援が多い方が優秀だとされていました。
現在、「玉屋〜」と叫ぶのもその時の風習が残っているからなんです。
当時は暖簾分けした玉屋の出来がよく、玉屋の方が人気は高かったと言われています。
しかし、玉屋は一代目の時代、火事を起こしてしまう事故を起こし、廃業に追い込まれてしまうのです。
なので実質、玉屋の活躍した期間は30年と短いものだったと言われています。
しかし、短い期間ですが、一瞬の輝き、そして儚く散っていく様がまさに花火のようでそれも玉屋という掛け声を現代に残す要因の一つだったのではないかなと僕は思います。
一方暖簾を分けた玉屋にいいところを持って行かれた鍵屋はというと、その後も花火の技術を研究し続け現代も花火一家として花火を作っているそうです。
一瞬の輝きで儚く散るのも趣がありますが、コツコツ真面目に継続し、美しい花火を
現代まで残してくれた鍵屋にも胸にグッと来るものがありますよね。
どうか視聴者の方で鍵屋もいいなと思われる方は花火大会で「鍵屋〜」と叫んであげてください。
いかがでしたでしょうか。
物事には歴史があり、先人たちの活躍で今の生活が成り立っています。
花火がなぜあんなに美しいのかは、亡くなった人を弔うためや、花火に人生をかけた職人さん、また疫病から人々を守りたいと願う思い、それらがあったからではないでしょうか。
今回調べてみて、花火の見方が僕自身変わりました。
視聴者の方もちょっと見方が変わったと思われる方がいてくれたら嬉しいです。
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