1912年、イタリアのとある修道院の出来事。
一人の男が修道院に保管されている本を眺めていた。
これらの古書の中に、まだ発見されていない知識が隠されているかもしれない。
「これらの書籍はすべて売り物ですか?」
「はい、我々は図書館の整理をしており、一部を手放すことにしました」
そんな中、一際異彩を放つ一冊の本が男の目に飛び込んできた。
「ん?これは何ですか?この文字は見たことがありません」
「それは古い手稿ですが、内容については何も分かりません。
男は吸い込まれるようにその本に手が伸びた。
「この手稿には、何か特別な秘密が隠されている!
解読すれば、未知の知識に辿り着けるかもしれない!」
そこから男はその本に取り憑かれたように、解読に没頭した。
「この言語、この図版… 解読は容易ではない。
しかし、この挑戦を放棄するわけにはいかない!」
月日は流れ、
「この手稿は、私の人生の一部となった。
謎は深まるばかりだが、諦めることはできない!」
さらに月日は流れた。
「この手稿は、次の世代の研究者に引き継がれるべきだ!
いつか、この謎が解き明かされる日が来ることを願っている。」
こうして彼は永遠の眠りについた!
彼の名はウィルフリッド・ボイニッチ!
解読不能なその手稿はヴォイニッチの手稿と名付けられ、
その手稿の謎は今もなお、
世界中の研究者たちを惹きつけ続けている!
マスコットのね〜ぼです。
ね〜ぼ!見てください!
この不思議な手稿!まるで未知の言語で書かれているみたいです!
んえ、なんですか?それ?
なんか本みたいですけど!
それって何が書いてあるんですか?
何か料理のレシピな気がします!
違いますよ!!食べ物のレシピなんかじゃないですよ!
いや、書いてある事がわからないので、もしかしたら、そうかもしれませんが・・
いやいやそれはない!
ね〜ぼ、これはすごい謎めいた本なんですよ!
文字は読めないですが、ここには植物や天体、占星術的な図が描かれてるんです。
すごく複雑で、まるで暗号のような!
天体?星に関する何かかな?うーん、料理のレシピじゃないんですね。
なんだか、眠くなってきた…
寝てる場合じゃないですよ!
この手稿の最大の謎は、誰が、なぜこのようなものを作ったのかってことですよ。
15世紀初頭に作られたって言われてるけど、作者も目的も全くわからないんです!
うーん、目的はわからないんですね〜
そしたらもしかしたら〜・・
多分レシピではないですね!
でもその手稿は気になりますよね。
と言うわけで今回はこの謎多き、ヴォイニッチの手稿の秘密を探ってみましょう!
ボイニッチ手稿とは?
ボイニッチ手稿とは1912年にイタリアで発見された、謎多き古文書です。
この不思議な手稿は、ウィルフリッド・ボイニッチによって発見され、その複雑な暗号や奇妙な図版で有名です。
まず、この手稿には今日まで誰にも解読できない未知の言語や文字が使われているんです。言語学者や暗号解読者にとっては、まさに究極の挑戦と言えるでしょう。
そして、驚くべきことに、多くのページには現存する植物には似ていない、架空の植物の図が描かれています。これらの植物の図版は、一体何を意味しているのでしょうか?
さらに、この手稿には天体や星座を描いたページもあり、これらは中世の占星術に関連しているかもしれません。天文学や占星術に興味がある方には特に興味深い内容です。
また、いくつかのページには、小さな人物や神秘的な生物が描かれた薬のレシピや生物学的な図解と思われるものも見られます。これらは、当時の科学的知見を反映しているのかもしれませんね。
手稿の作成時期は、放射性炭素年代測定によると15世紀初頭と推定されています。しかし、その作者や目的は今もなお謎に包まれています。
このボイニッチ手稿は、その内容の不可解さと独特なイラストレーションで、世界中の歴史家、言語学者、暗号愛好家を長年にわたり魅了してきました。現在でも、その真の意味や目的は多くの憶測を呼んでいるのです。
ね〜ぼ、ボイニッチ手稿って本当に興味深いですよね!
未解読の言語、謎の植物図…これらの謎を解明するのは、まさに歴史的な冒険なんです。
1912年、ウィルフリッド・ボイニッチがイタリアでこの手稿を見つけた時から全ての謎が始まるんです。
へぇ〜、イタリアかぁ。イタリアって、ピザとかパスタの国だよね?
また食べ物の話か〜!
ね〜ぼは本当に食いしん坊ですね。
では次はボイニッチ手稿の発見の経緯についてお話ししていきますね。
ボイニッチ手稿の発見の経緯
この手稿は、1912年にある一人の書籍商、ウィルフリッド・ボイニッチによって発見されました。
彼はリトアニア生まれのポーランド人で、書籍や古書のコレクターでもありました。
さて、この手稿はどこで見つかったと思いますか?実は、イタリアのフラスカーティにあるアウルス・スペシアーヌスの別荘で発見されたんです。
この別荘は、かつてローマ教皇の夏の居城で、その時はイエズス会が所有していました。
1912年、ボイニッチはイエズス会から古書を購入する際、この手稿を含むいくつかの書籍を手に入れたんです。
当時、イエズス会は図書館から多くの書籍を売却していたんですね。
この手稿の歴史については、いくつかの説はありますが、ほとんど分かっていないのが現状です。
しかし、放射性炭素年代測定によると、15世紀初頭に作成されたと言うことはわかっているんです。
一部の証拠によれば、16世紀の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世がこの手稿を所有していたかもと言う話もあります。
ボイニッチは、この手稿に魅了され、解読を試みましたが、成功はしませんでした。
彼はこの手稿に自身の名前をつけ、「ボイニッチ手稿」と名付けたのです。
そして、その名前は今日まで残っています。
ボイニッチの死後、この手稿はさまざまな所有者の手を渡り、最終的にイェール大学のベイヌッケ希少本・原稿図書館に寄贈され、現在に至っているんです。
1912年に見つかったこの手稿はその時代にはない植物や動物が描かれ、文字もそも時代には使われていない文字だった!
放射性炭素年代測定によるとそれは15世紀初頭のものだった!
ね!興味深い謎ですよね。
へ〜、そうなると、内容が気になりますよね〜!
そうですね。
ボイニッチ手稿にはまだまだ解決されていない謎がたくさんあるんです。
今までの発見だけじゃ、その全貌はまだ見えてこないんですよね〜。
そうなんですね!
でも、今後、誰かが新しいことを見つけるかもしれないですよね。
そうですね!
現に今も世界中の研究者がこの手稿に挑んでいるんです。
きっといつかは、新たな発見があるはずですよ。
新たな発見かぁ。
おいしいレシピとか見つかるといいですね。
それはちょっと違うかもしれないけど、
でも完全に謎と言うわけではないんですよ。
いくつか説があるので、次はその辺もお話ししましょう。
ボイニッチ手稿の異説①
イギリス・ブリストル大学のジェラルド・チェシャー教授が、なんとこの謎多き手稿の言語ルールを解読したと言います。
彼はたった2週間でこの大きな成果を達成し、手稿に使われていた言語や書かれた時代、場所を明らかにしたそうです。
ジェラルド・チェシャー教授によると驚くべきことに、手稿には「ロマンス祖語」という、今はもう使われていない言語が使用されていたと言います。
この言語は、現代のポルトガル語やスペイン語などにつながるものなんだそうです。
さらに、この手稿の目的に関しても新たな発見がありました。
15世紀中頃に編纂されたこの手稿は、アラゴン王国の王妃マリア・デ・カスティーリャのための参考資料だったと言うのです。
これは、ドミニカ修道女によって作成されたものとのこと。
中には、王妃マリアが臣下と貿易交渉をしている図や、ハーブ治療、入浴療法、占星術、女性心理に関するページもあるそうです。
これらはすべて、王妃向けの内容だったんです。
また、手稿内の見開き型の地図が時代や場所を特定するのに役立ったといいます。
この地図には、1444年のイタリア西海岸のティレニア海での火山噴火や、王妃主導で行われた救助活動の様子が記されていたそうですよ。
これが、チェシャー教授の、ボイニッチ手稿の見解です。
ボイニッチ手稿の異説②
この手稿には、ラテン語で書かれた羊皮紙が添付されていて、その中には驚くべきことが記されていると言う研究もあります。
この羊皮紙の手紙は、なんとプラハ大学総長、マルクス・マルチからローマの学者アタナシウス・キルシャーに宛てたものだと言うものです。
この手紙によれば、ボイニッチ手稿はかつて神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が、錬金術師であり、初期の科学者としても知られるロジャー・ベーコンの著作だと信じて買い取ったとあります。
そして、さらに興味深いことに、ボイニッチ自身もこの手稿に強い関心を持ち、調査の結果、薬品処理によって手稿の表紙に「ヤコブズ・デ・テベチネ」という名前を発見したと言います。
これはルドルフ2世に仕えた錬金術師の名前で、彼は「シナビスの水」という万能薬を開発したことで知られています。
一部には、ヤコブズ・デ・テベチネがこのボイニッチ手稿を解読し、その万能薬の製法を発見したのではないかという推測もされているんです。
捏造ではない!?ボイニッチ手稿
ボイニッチ以降、数多くの人々がこの手稿の解読に挑戦しましたが、決定的な見解はまだ出ていません。
一時期は、ボイニッチ自身が捏造したものではないかという説もありましたが、情報科学者たちの分析により、この手稿が少なくともラテン語と同程度に複雑な文法構造を持った文章で書かれていることが判明しました。
つまり、でたらめな文章ではないんです。
そして2011年には、アリゾナ大学の研究グループが手稿の炭素年代測定を行い、この手稿がボイニッチの生きた時代よりもはるかに古い、15世紀頃に作られたことを明らかにしました。
これにより、偽書説は否定されましたが、この手稿の謎は依然として解明されていないんです。
いかがでしたでしょうか?
今日はボイニッチ手稿についてたくさん話してきましたね。
1912年にウィルフリッド・ボイニッチによって発見されて以来、この不思議な手稿は世界中の研究者や歴史愛好家の関心を引き続けているんです。
はい〜、いろんな謎があるんですね。
そうですね。
未知の言語、架空の植物、謎の図版。
これら全てがこの手稿の魅力ですね。
イエズス会が所有していた図書館から発見され、その後、イェール大学に寄贈された。
そして今、新たな解読の試みが進められている。
ワクワクしますね〜
ボイニッチ手稿、本当に神秘的ですね
そうですね。
この手稿の真の意味や目的がいつか明らかになる日が来るといいですよね。
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