1518年の夏、ストラスブールの静かな街角で一人の女性が突如踊り始めたことから、「踊りのペスト」と呼ばれる奇妙な現象が幕を開けた。
彼女の狂おしいステップは、まるで見えないリズムに導かれるかのよう。
やがて、この不思議な踊りは街中に広がり、多くの人々が彼女に続き、猛烈に踊り続けた。

9月に入ると、この現象はようやく収束したが、その間に多くの「犠牲者」が踊りに身を任せて倒れていった。
医師の記録、教会の説教、地元の年代記、さらにはストラスブール市の公式文書に至るまで、この奇怪な出来事は多くの史料に記録されている。

しかし、なぜこのような現象が起こったのか、その原因は今なお謎に包まれている。
中世を通じて類似の事例が報告されており、その中には悪魔憑きや神の裁き、血液の過熱など、さまざまな原因が推測されていた。
この物語は、人々がいかにして不可解な現象を解釈し、理解しようとしたかを示す興味深い一例だ。
謎多き「踊りのペスト」の物語は、中世の信仰と恐れ、そして人間の心理の複雑さを映し出している。

マスコットのね〜ぼです。

1518年のスタラスブール、今のフランスでこんな奇妙な現象が起こっていたって知ってました?

知らなかったです。
そんな長い間踊り続けるなんて、楽しい祭りでもあったんですかね。

ね〜ぼ、そんな楽しい話ではないんですよ。
みんな嬉しくて踊っていたわけではなく、踊りを辞められない状態で、死者まで出てしまった大変な現象だったんですよ!

ええ、それは怖いですね。
私は、美味しい料理をご馳走してくれるなら5時間は踊りますが、それが限界です。

5時間も・・・
だいぶやばいですけどね。
というわけで今回はそんなスタラスブールで起きた謎の現象についてお話ししていこうかと思います。
このチャンネルでは、素人歴史研究家が歴史の謎や文化や伝承を記事にしているブログです。
素人なので、史実をお伝えするというより、エンタメ感覚でみていただけると嬉しいです。
それではこの現象の経緯をお伝えしていきましょう。
踊りのペスト
1518年の夏、フランスの古都ストラスブール。その街角で、一人の女性、フラウ・トロッフェアが突如として踊り始めました。

まるで見えない音楽に導かれるように、彼女の足は休むことなく、リズムを刻み続けました。
この奇妙な光景は、やがて歴史の書に刻まれるほどの異常事態へと発展していきます。
その日、フラウ・トロッフェアの足は、まるで呪われたかのように止まることを知らず、彼女の周りに集まる人々は増える一方でした。
町の人々は当初、彼女の踊りを好奇の目で見守っていました。
しかし、彼女の踊りが一日、二日と続くと、状況は一変します。
数日のうちに、フラウ・トロッフェアの踊りは伝染するかのように町中に広がり、約30人が彼女と同じように休みなく踊り続けるようになったのです。
そして、数週間後には、その数は数百人へと膨れ上がっていきました。

彼らは疲れることなく、飢えることもなく、ただひたすらに踊り続けました。
ストラスブールの街は、その奇妙な現象に戸惑い、当惑しました。
一体、なぜこれほど多くの人々が休むことなく踊り続けるのか、誰にも理解することはできませんでした。
そして、最も悲劇的なことに、この踊りはいくつかの命を奪うことになります。
疲労、心臓発作、脱水症状により、踊り続けた人々の中には、その命を落とす者もいたのです。
この異常な出来事に対し、当時の人々は様々な説明を試みました。
ある者はこれを宗教的な試練と捉え、またある者は超自然的な現象、呪いであると恐れました。

科学的な理解が乏しかった時代、人々はこの不可解な現象を、彼らなりの方法で解釈しようとした。
一部の歴史家は、この舞踏病が極度のストレスやマスヒステリアの結果であると指摘しています。
実際、当時のストラスブールは飢饉や病に苦しんでおり、そのような社会的、心理的圧力が舞踏病を引き起こした可能性があります。
また、エルゴチン中毒という説もあり、これはライ麦から作られる薬物による中毒症状であるとされています。
この現象に対処するため、ストラスブールの当局は様々な方法を試みました。
彼らは最初に、踊ることが解決策だと考え、市民に踊りの場を提供しました。
しかし、この試みは逆効果となり、さらに多くの人々が踊りに加わる結果となりました。
最終的に、当局はこの問題を霊的なものと捉え、罹患者を聖地に連れて行き、祈りと祝福を行いました。
1518年の舞踏病は、単なる奇妙なエピソード以上のものを我々に示しています。

それは、中世後期のヨーロッパ社会が抱える精神的、社会的、宗教的な複雑さを映し出しています。
現在でも、この事件は医学、心理学、歴史学など、多くの分野で研究され続けています。
舞踏病の真の原因は未だに明らかになっていませんが、それが示すのは、人間の行動と心理の謎深さ、そして歴史の不思議な一面なのです。

ええ、そんな怖い事が過去にあったなんて驚きです。

ですよね。
現代では、その原因がストレスだったとか、中毒症状だったとか言われてますが、結局その真相は闇の中なんです。

というとこは、現代でも起こる可能性があるって事ですね〜。
ルファさん、私の挙動がおかしかったら、すぐに病院に連れて行ってくださいね。

うん、ね〜ぼの挙動はいつもおかしいので、判断が難しいですが・・・

いかがでしたでしょうか?
この踊りのペストによって、混沌とした中世ヨーロッパの心の奥深くを垣間見ることができます。
疫病、飢饉、社会的不安が渦巻く時代背景の中、ストラスブールの人々は、理解しがたい現象に直面し、その解決策を模索しました。
彼らの行動は、当時の社会が抱えていた恐怖と迷信、そして未知への試みを反映しています。

結局のところ、1518年の舞踏病の事件は、歴史の奥深くに隠された謎の一つに過ぎません。
しかし、その謎は、人間の行動の不思議さと、歴史の多様な側面を探求する旅への誘いとなっています。
この不思議な出来事から何世紀も経過した今でも、僕たちはこの謎に魅了されているんです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
それではまた次回の歴史トークで会いましょう!
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